- 戦術上は啄木鳥戦法を見事見破り、数的に劣る勢で武田を追い詰めた上杉の勝ち、しかし戦略上は結果的に北信濃の領有権を確立した武田の勝ちといえる。故に総合的には引き分けとせざるを得ない。
- 逸話かもしれないけど、信長の武田征伐か秀吉の小田原攻めの際、どっちかが「なんて無益な事」とのコメントがあったみたいです。上杉・武田両軍もわかっていたと思うけど、戦わざる得なかった。
- だってどっちも死んでない
- 四回目の見せ場で高坂軍がと聞くけど、それからも5時間程戦闘が続いたと聞く。本当は高坂隊は行軍や上杉ゲリラ隊によって、疲れや負傷兵、落伍兵、馬なども使えなかったと思う。追撃できなかったのもそれだけじゃなく、善光寺には無傷の上杉予備隊が居たからだと思う。逆に言えば挟まれてしまうのは武田軍ではないか?
- 引き分けだったら、面白そうだから
- どっちも取った守ったで勝ちと言えてしまう。聞くところによると、謙信の目的は関東・北陸だったから、北信濃に関しては平和的外交でおさめ、要は村上・小笠原に返せだけど、信玄が首を立てに振らなかった。当然だけど、桶狭間の後南侵すれば、4回目はなかったでしょう。
- そりゃあ引き分け
- その後の支配経過で信玄と聞くけど、でも謙信は川中島まで侵攻できたんですよね。信玄は北信濃を完全掌握出来てないことにもなり、お互いに相手の侵攻を止めた事になるから、引き分け
- 真の勝者は両雄ではないでしょう。三国同盟でお互い戦わせた北条氏康、その間近畿を攻略した織田信長、そして最後に天下を取った秀吉、家康でしょう。両雄生きていたら、また、仮に、早い段階で両雄が和睦し同盟結んで、それぞれ東西に侵攻してたら、日本の歴史は変わっていたでしょう。
- どちらも川中島に対する戦略目的は違うと思うから、引き分け。その後は上杉は家が残り、武田は滅びたから上杉がやや勝ちだと思うけど、武田は徳川で活かされたから、現代人にも学ばれるから、やはり引き分け。
- 勝敗が決してないのはこの時代ではこの戦だけでしょうな。
- きちんとした勝敗は決まっていない。
- 戦はどちらかの勝利で終わるのが定義というものだが世間的に見ても「どっちが勝った」とはあまり言われていないから引き分けだと思う
- 大将の首を取るまでが戦。よって引き分け
- 決着が、正確に着いていない
- どっちも強いしょ(笑)
- 引き分け
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